#26
「……キリタニさん」
「ん?」
「……しない、んですか」
何を?
そんなの、聞き返さなくてもわかる。
「……ゴム持ってないから、今日はいい」
本当の事を言うと、もう水森を自分のものにしたくて仕方がない。
けれど今日、まさか彼女をこうして抱くことになるなんて一切思っていなかったから、準備なんて当然している訳もなく。
つけないで外に出すなんて、本当に果たせるかどうかもわからない約束を押し付けるつもりもなかった。無責任な事はしたくない。
どうにも俺は、水森の事になると理性が上手く保てない。
それは既に自覚してる。
だからこそ、一時の過ちで彼女の未来を潰してしまうかもしれない選択をするわけにはいかなかった。
となれば、残される選択肢なんて限られている。
今更コンビニに駆け込むのも、がっついているヤツみたいで情けないし、何も今日じゃないと駄目だという話でもない。
こうして彼女に触れられただけでも、十分だと思ったから。
――――と。
そう思っていたのは、どうやら俺だけだったようだ。
「……あの」
「うん?」
「……わたし、持ってます」
「…………へ」
変な声が出た。
けど仕方ない。
そんな返答が返ってくるなんて、思わなかったから。
「……持ってる、って」
「あ、の。サイドテーブルの、引き出しの中、に」
「………」
横抱きにしている状態から腕を解き、身を乗り出してサイドテーブルの取っ手に手を掛ける。
何の抵抗もなく開いた引き出しの、更に奥の方。透明な真空パックに包まれた状態で、それは入っていた。
外見だけだと避妊具だとは気付かないような、可愛らしい女の子向けのデザインで施されている。コンビニで売っているような、あからさまな物とは違う。
その手のサイトで購入したものかもしれない。
小さい箱に収納されたそれを、手に取るべきかどうか。今更、迷いが生まれる。
「……水森、これ」
「あ、あの。変な誤解しないでください。い、いずれ使う日が来るかもって思って、前もって準備しておいたというか、えっと」
わたわたと弁解をし始めた。
「……あ、うん。気遣わせたみたいで悪い」
「い、いえ」
「……使って、いいの?」
「……使ってくれないんですか……?」
「………、使う」
ぎこちない動きでそれを取り出して、真空パックを剥いで枕元に置く。
けど中身は取り出さなかった。
照れ臭さもあったし、今はまだ、彼女の体温を味わっていたかったから。
一糸纏わない姿の水森は、毛布に掛けてあったシーツを胸元に寄せて身を隠している。
彼女の横に寝転んで、髪を一筋、指に掬った。
くるくると人差し指に巻きつけて、するりと解く。
そんな他愛のない動作を水森は黙って見ていた。
「……水森さ。今日誘ったのって、勝負かけようとか思ってたから?」
「そう、です」
「やっぱり、そうなんだ」
「なんで、抱いてくれないのかなあって思って。私に色気がない所為かな、って」
「そっか。悩ませてたみたいで悪かった」
「……いえ」
「でも、そういう理由じゃないから。俺も、その……抱きたいって、ずっと思ってたから」
「……っ」
俺の告白に頬を染めて、身を寄せてきた。
赤くなった顔を見られたくないのか、隠すように胸元に顔を埋めてくる。
そのいじらしい姿に加虐心を煽られてしまうのは、好きだから仕方ないと頭の中で処理をした。
シーツを握り締める彼女の手に触れて、そのまま馬乗りになって両手首を掴んで開かせた。
薄っぺらい布が毛布の上にずれ落ちて、彼女の素肌を暴く。
抵抗される前に、細い腕を毛布の上に押し付けた。
手首から手のひらへと辿っていく指が、彼女の指先に触れ、互いの指が絡まる。
「アレ、使ってほしいなら自分から強請ってみて」
「っ、え」
「いれて、って言ってみて」
「……キリタニさんが変態化した」
「男なんてみんな変態だろ」
薄暗い中でも映える白い肩に、唇で触れる。
肌の薄い鎖骨に舌を這わせれば、びくりと過剰に反応を示した。
その体は既に、熱を持ち始めている。
「水森って余裕なくなると口調変わるんだ」
「……え?」
「タメ語になってた」
「……なってません」
「なってたよ」
「なってません」
「じゃあ、これからたくさん抱いて検証するしかないか」
「……え」
耳朶を軽く甘噛みすれば、身を捩って逃げようとする。
けど両手はしっかりと俺に捕らえらているから、水森は結局、身動きが取れない。
そんな状況なんてお見通しの上で、わざと音と立てて彼女の耳に刺激を与え続ける。
「……なあ、言って」
「っ、や、です」
「1回だけでいいから、言って」
「……無理、です」
「―――……さやか」
「っ、」
ぱちり、目を見張った水森の瞳が瞬いた。
俺を見上げて、その頬がますます紅潮していく。
どこか、嬉しそうな表情を滲ませながら。
「ふ、不意打ちはズルいって言ったのに」
「うん。どさくさに紛れて呼んでみた」
「………」
「言う気になった?」
何もここまで追い詰めなくても、とは思う。
別に、何が何でも言わせたいわけじゃない。
なんというか、困ってる顔が可愛かったから苛めたくなった。ただそれだけだ。まるで小学生だ。
一方の水森は、何かを耐えかねているような複雑な表情を浮かべている。
閉じたままの唇が、観念したかのように小さく呟いた。
「………い、れて」
「………」
「わたしを、郁也さんのものに、して」
「………」
…………想像以上の破壊力だった。
いきなり理性がぶっ飛びそうになった。
ギリギリの自制心を奮い立たせて、なんとか情欲を鎮める。
危なかった、本当に。
「優しくするから」
「……はい」
了解を得て、赤いままの頬にキスを落とす。
体を起こしてから、例の小箱を手に取り、中から避妊具を取り出した。
準備が終わった後に彼女の両足を開けば、既にそこは潤いを見せている。
身を寄せれば、ビクリと反応を示した彼女の腰が引く。
怯えてるようにも見えた。
あまり怖がらせたくはないな、そう思っていた時。
「………?」
視線を感じる。
水森は少しだけ身を起こして、俺を見ていた。
いや、正式に言えば、俺ではなく入口にあてがわれているものを。
その顔が、ぴりっと凍りついたように固まっていた。
さっきまでの蕩けたような表情は消え失せて、普段の、いや、普段以上の無表情っぷりに変貌を遂げている。
冷めたような目で俺と、それを交互に見やる。
硬い表情のまま、水森はふるふると首を振った。
「無理。」
そんな、男の心に一生の傷を負いかねない一言を残して。
「無理じゃない。大丈夫、がんばれ」
「頑張れないです」
「いれてって言ったじゃん」
「そんな規格外のポークフランク入らない」
「ポークフランク言うな」
「絶対痛いです無理です」
「あと俺はごく普通のサイズですから他人と見比べたことないけど」
「無理です」
「大丈夫。いける」
「無理です」
「………」
頑なだ。
その後も、互いに早口で捲くし立てながら口論を続けるハメになった。
……というか、何が悲しくて野郎のサイズがどうのこうのと、自分の彼女と激論を交わさなければならないのか。
「……じゃあ、どうすんのこれ」
彼女の中心に触れる。
卑猥な水音を響かせて、溢れる蜜を掬い取った。
指先に光る粘着質な液に、彼女の顔が途端に赤く染まる。
口では何とでも否定できるけれど、身体というのは悲しくも正直に出来ている。
その様をありありと見せ付けられた水森は、悩ましげな表情のまま口を閉ざしてしまった。
重い沈黙が続く。
それを先に破ったのは、俺だった。
彼女の細い腰を掴んで、有無を言わさず引き寄せる。
「よいしょ」
「えっ、え、あの」
バランスを崩した水森の体が後ろに倒れて、ぽすん、と毛布に沈み込む。
しめたとばかりに彼女の両足を抱え込み体重を掛ければ、焦ったような声が俺を制止に掛かる。
「あ、だめ」
「ここまで来てダメとか無理な相談だから」
「や、ほんとに待ってっ」
「はいはい。慣れたら気持ちよくなるって」
「ちょ、待って!」
「いれるよー」
「やー!」
俺に押さえつけられてる所為で思うように動かない手足を、無理やりバタつかせて行為を中断しようとする。
まるで駄々こねてる子供みたいだ。
口調もタメ語になってるし。
色気もムードも何もない。
けど、この緊張感の無さは逆に、俺達らしくていいのかもしれない。
その体勢を維持しつつ動きを止めた俺に、彼女は訝しげな表情を浮かべながら顔を見上げてきた。
その頬を、むに、と摘む。
「嘘だよ」
「ふえ」
「無理やりするわけないだろ。そんな趣味ない」
「………」
「ほんとに嫌なら、しなくていい」
「……キリタニ、さん」
「抱けなくてもいい。さやかが一緒にいてくれるだけでいいから」
ほんの少し、強がった。
けど、本音だ。
この先、水森が隣にいない未来なんて描けない。
「………わたし」
「うん」
「その、え、エッチは初めてじゃないんですけど」
「うん」
「最後まで、したことなくて」
「……あ、そうなんだ」
思わぬ告白に、ちょっと頭が冷静になる。
「お、男の人のものを見るのも、初めてで」
「………」
「そんなビックフランクだったなんて」
「ちょっとフランクから離れようか」
もう会話が普通にギャグになっている。
今後、ポークフランクを見る度に複雑な心境に陥りそうで怖い。
……処女だとは思っていなかったとはいえ、さっきの、自分の軽はずみな行動を反省した。
怯えているように見えた水森の緊張を解こうと少し悪ふざけをしてしまったけれど、初めての経験だろう彼女には少し、刺激が強すぎたようだ。
一度体勢を戻してから怖がらせてしまったことを詫びると、水森は首を横に振った。
「……抱いて、ください」
「……大丈夫か?」
「が、がんばります」
何を頑張るのかはわからないけれど、とりあえず水森の中で覚悟が決まったらしい。
「キリタニさんのフランクフルトだと思えば耐えられる」
「おいやめろ」
何でもかんでも食べ物に繋げるのはやめてほしい。