#25
それからは、なんというか。
いつも通りの、俺と水森だった。
「……あんなに食べて、なんでそんなに痩せてんの?」
それは素朴な疑問だった。
普段から水森は人並み以上に食べる。もりもり食べる。
なのに、フローリングの上で組み敷いた時に触れた彼女の体つきはとてもほっそりとしていた。
チキンボロネーズを6個平らげてしまう程の暴食漢には、とても見えない。
「それは、食べた分だけ消費してるから」
けれどその答えは意外と早く返ってくる。
至極当然の事だと主張する水森は今、ベッドの上で自らストッキングを脱いでいた。
体育座りの様な体勢のまま、太ももから膝、足の先へと、丁寧にくるくる巻いて剥いでいく。
彼女の素肌が少しずつ暴かれていく様を、柔らかい毛布の上に横たわりながら黙って見ていたが、俺の視線に水森が気にしてる様子はない。変なところで無頓着だ。
中途半端に脱がされたブラは、既に剥ぎ取っている。
つまり今、彼女はノーブラ状態のままシャツを着ている状態だ。
しかもシャツボタンは全て外されている。
外したのは俺だけど。
はっきり言って、目に毒だ。
「消費?」
「会社終わったら、ジムとか行ってますし」
「へえ。それは知らなかった」
「週末は、泳ぎに行ってます」
「市民プール?」
「はい」
さっきまでの濃密な雰囲気は何処へやら、淡々とした会話が続く。
「泳ぐって、どれぐらい?」
「1000メートルくらい」
「市民プールって25メートルだよな」
「そうです。1往復で50メートルだから、20往復くらい泳ぎます」
「うわ。すごいな」
それは、痩せるのも無理はない。
「泳ぎ終わった後、すごく、バテバテになります」
想像しただけで疲れてしまう程の話だ。
以前、一緒にご飯を食べに行った際に教えてくれた事がある。彼女は小・中学生まで、水泳部に所属していたらしい。泳ぐのは得意だとも言っていた。
中学を卒業した後も、泳ぐ事自体は趣味の範囲で続けていたようだ。
水泳はダイエット効果が高いと、以前聞いたことがある。
動くことすら負荷がかかる水中で泳ぐとなれば、全身運動をひたすら続けているのも同じ。
消費カロリーの数値など、他の有酸化運動に比べても相当高いだろう。
食べても食べても彼女が太らないのは、そういった理由があったようだ。
ストッキングを脱ぎ終わった後、水森はそれをベッドの下に置いた。
おもむろに立ち上がり、壁にあるスイッチを押す。
途端、視界が暗くなった。
サイドテーブルに置いてあるスタンドライトが、周囲の物の輪郭をぼんやりと映し出している。
「消すの?」
「だって、明るいところは恥ずかしいです」
真顔で言うあたり、とても恥ずかしがっているようには見えないが。
彼女が言うのだから、本当なのだろう。
「……随分、女の子っぽい事言うんだな」
「キリタニさん」
「はい」
「知らなかったかもしれませんが、実はわたし、女の子なんです」
「知らなかった」
「ひどいです」
互いに無表情で漫才を始める。
我ながらなんてシュールな構図だと思う。もはや色気も何もない雰囲気だ。
けど普段から俺と水森はこんな調子だから、こっちの方が自然体で落ち着くかもしれない。
再びベッドへと戻ってきた水森が、寝転んでいる俺の隣に寄ってきた。
特に何をするでもなく、その場にちょこんと座っている。
彼女に向かって手を差し伸べれば、水森は首を傾げながら、俺の手に自らのそれを重ねてきた。
その柔らかい手を握って強く引き寄せる。
意表を突かれた水森が、体ごと俺の胸に倒れこんできた。
彼女を腕に閉じ込めたまま体を回転させて、ベッドに組み敷く。
両手首を掴んで、毛布の上に押し付けた。
「シャワーくらいは浴びさせてほしかったです」
「待てない」
「待ても出来ないワンコみたいですよ」
「じゃあ、躾ければ?」
屈んでキスを落とす。さっきのような性急に追い詰めるようなものじゃなく、しっとりと味わうようなもの。
僅かに開かれた唇の隙間から舌を差し込んで、咥内の奥に隠された彼女の熱を掬う。
ゆったりとした舌の動きに、彼女も同じように応えてくれた。
一方的じゃないやり取りに、酷く安心する。
まるで嵐が過ぎ去った後のように、心は穏やかだった。
ひとしきり堪能した後に唇を離せば、彼女から悩ましげな吐息が漏れた。
薄暗い中でも、彼女の頬が紅潮しているのがわかる。熱に浮かされたような瞳は少し、潤んでいるように見えた。
「……私の方が、躾けられてる気がします」
「いいなそれ。主人に歯向かった犬が形勢逆転するパターンだ」
「あっ」
彼女が小さく喘ぐ。
鎖骨に吸い付いて軽く噛み付けば、赤く滲む痣の跡。
胸元に散らした印を、指でなぞる。
「……噛まないで」
「犬は咬み癖があるから」
「なら、見えるところにつけないでください」
「どうかな。俺は躾がなってないから」
腕を解放して肩へと指先を滑らせる。
するりとシャツがずれて、白い肩が露出する。
肘の下まで脱がせば、腕を動かした彼女が自ら袖部分から腕を抜き取った。
枕元に、脱ぎ捨てたシャツを置く。
上半身だけ身に何も纏っていない状態は、さすがに羞恥心が増すのだろう。すぐに両腕で胸を覆ってしまった。
「……なんで隠すんだよ」
「恥ずかしいんです」
「もう散々見たって」
そう反論すれば、ちょっと拗ねた様な顔をした。
初めて見る表情だった。可愛い。
頑なに隠そうとする彼女の両手首を掴んで開かせる。
恥ずかしさで赤面した水森の瞳が、きゅっと硬く閉じられた。
幼い顔に似合わず胸はそれなりに大きさがあって、くびれもしっかりとある。変に痩せすぎても太りすぎてもいない、理想的な体型。
水泳で鍛えた賜物かもしれない。
「あ、やっ……」
むくりと沸き起こった欲の赴くままに、胸の膨らみに舌を這わせた。小さく主張する先端を、口の中に閉じ込める。
鼻にかかったような甘い声が、頭上から聞こえてきた。
「左、弱い?」
「……なんでわかるんですか?」
「左の方が反応いいから」
彼女から手を離して、スカートを脱がせにかかる。
水森も抵抗なく、腰を少しだけ浮かせて脱がせやすいように気遣ってくれた。
下着姿になった彼女の内股に手を這わせば、一瞬体が強張る。
けれど、さっきのような制止の声は掛からない。
水森に目を向ければ、緩やかに与えられる刺激に耐えている様子が見えた。
それをいいことに、更に上へと指を滑らせる。
布越しでも、じわりと湿っているのがわかった。
「……濡れてる」
「……そういうことは言わなくてもいいです」
口調はいつも通りなのに、見下ろす先にある水森の表情は、普段の彼女とは全くかけ離れていた。
もどかしい程に施した愛撫は、彼女からいつもの余裕を奪い、頬は赤く上気している。細められた瞳は熱に浮かされて潤んでいた。
濡れた唇の隙間から漏れる吐息は色香を伴っていて、薄く開いているそれに噛み付く俺は本当に犬みたいだと、内心笑う。
「んっ……」
「……水森さ」
「……?」
「前に付き合ってた奴らに、何て言われて振られたんだっけ?」
「……え……?」
唇をくっつけたまま、彼女に問いかける。
何もこんな時に前の男の話なんて振らなくても、水森の瞳がそう言っているのをありありと感じた。
非難めいた視線を受けながらも、遠慮を知らない指先は執拗に彼女を責め続ける。
指先を埋めた中心から、粘着質な音が響いた。
「『ガキっぽい』って言われたんだっけ?」
「え、あっ……」
「そいつら、水森のどこを見てたんだろうな」
「ん……っ」
「……こんなに、女の顔してんのに」
きっと知らない。
ベッドに組み敷いた彼女の、こんな快感に蕩けた表情なんて、今は誰も知らない。俺しか知らない。
優越感にも似た感覚が胸を占める。
支配欲。
独占欲。
そんな類のもの。
女の子の部分と、女の部分を併せ持つその不安定さが危うくて、なのにこんなにも惹きつけてやまない。
「……あ、そこ、だめ」
「ここ?」
「ん、きもち、いい」
「うん。ここ、な。覚えた」
ざらりとした肉襞を抉るように摩る。
次第に嬌声のトーンが変わり、余裕のなさそうな喘ぎに変わっていく。
「っ……キリタニ、さん」
俺を呼び続ける声に応えるように、顔を寄せる。
首周りに、彼女の腕が巻きついた。
そのままぎゅっと抱きしめられて、耳に熱い吐息がかかる。
無意識なんだろうけど、そんな事をされたら余計に欲が掻き立てられる。
「……っ、や……」
「やめる?」
「やめ、ないで……っ」
ふるふると首を振って、先を促すような視線を向けられた。絶頂が近いのかもしれない。
少しだけ動きを激しいものに変えれば、声にならない嬌声が上がる。
数回身体を震わせて、くたりと力の抜けた水森の腰を引いて、抱きしめた。
「……大丈夫?」
「……ん」
汗ばんでいる額を手で拭って、柔らかな髪に顔を埋める。
そのままの状態でまどろんでいたら、腕の中で乱れた息を整えていた水森が僅かに身じろぎした。