#21
水森の情報収集能力は、とにかく精度が高い。
迅速・正確・的確、加えて信憑性もある。全てのスキルが兼ね揃っている。
そしてその能力は、ご飯会の打ち合わせ時もいかんなく発揮する。
新店舗のリサーチなんて、水森にとってはお手の物だ。一体何処から仕入れルートを確保しているんだと疑ってしまうくらい、彼女の持つ情報は早く、的確だ。
そして、その情報を元に決めた今回のご飯会は、回転寿司。
北海道を拠点としている人気店が地元の駅前に出店するとの事で、早い段階で2人で行こうと決めていた。
新店舗の立ち上げから数日間は混むだろうから、客足が落ち着く頃──つまり平日の今日、定時上がりに2人で向かう予定だった。
2人で、だ。
ここまでは、よかった。
「いやほんとご一緒しちゃって悪いね。オレ邪魔じゃない?」
「とんでもないです。川井さんも一緒にご飯仲間に加わってくれるなんて嬉しいです」
「だってさー桐谷」
「……」
いつも水森と2人きりのご飯会に、何故か今日はアホの川井も同席していた。
「オレ邪魔じゃない?」って、どう見たって邪魔に決まってんだろ馬鹿が。空気読め。
「付き合ってるって聞いてびっくりしたよ。2人ともそんなに仲良かったっけ?」
「以前、空腹で倒れてた私をキリタニさんが助けてくれたんです」
「へえ。そうなんだ桐谷クン」
「……おにぎり1つあげただけだけどな」
「へー。おにぎり」
「おにぎりです」
「2人っていつもどんな会話してんの?」
次から次へと繰り出される質問の嵐に溜め息ひとつ。
探りを入れたいのがバレバレだ。
「水森。あまりコイツにべらべら喋らない方がいい。変な噂立てられるから」
「ちょ、酷くない? 人を悪い噂立ててる諸悪の根源みたいに」
「事実だろ」
目の前で流れる小皿を手に取って、憮然としながら答えた。
アジュールは社内恋愛を禁止していない。
だからって公認している訳でもないが、恋愛なんて基本は自己責任だ。職場恋愛が横行する部署でない限り、当人達の意思に任せている。
だから誰と誰が付き合おうが、とりたて大きな問題は無い。勿論、節度は大事だが。
その点で言えば、俺と水森の場合も、交際を隠す必要はない。
けど俺達は、自らの関係を周囲に明かさなかった。
面倒を避けたかったからだ。
人は他人の色恋沙汰に敏感だ。付き合っていることがバレたら、周りから騒ぎ立てられるのは目に見えている。
周囲からもてはやされる事を苦に感じないのならそれでもいいが、俺達はそうじゃない。
むしろその事で、互いの立場や環境が変わってしまう事を恐れた。
俺にとって水森は、『ただの恋人』じゃない。
仕事のパートナーとしても彼女の存在は頼もしく、支えになっている部分が大きい。
そして水森の、仕事に対する姿勢。
それは俺が理想としているそのものだった。
堅実で努力家、だけじゃない。
今ある能力でも十分高い位置にいるのに、水森はそこで満足しない。自分の得意分野である『情報』を糧に、もっと知識を広げよう、無限にある情報を全部得ようと、貪欲なまでに追い求めようとする。
ただ自分に与えられた仕事だけをこなしているだけの常人とは、ワケが違うんだ。
水森の最大の武器は、情報収集能力の高さだ。
その自分の武器をちゃんと理解していて、尚且つ、それで勝負できるだけの頭がある。度胸もある。向上心もある。
そんな彼女を、一般企業のマーケ部門社員という名称だけで留まらせておくのはもったいない。
彼女の武器は、俺が営業で生かす。
ある種の使命感にも似た決意が胸を占めていた。
仕事面において最高のコンディションを保つ為、職場の環境というのは大事な要素だ。
それを、惚れただの腫れただの、邪な噂や周りの冷やかしで邪魔されたくはない。
仕事中は仕事の事だけを考えていたい。
私情もプライベートも挟みたくない。
それが、俺と水森の意見だった。
とはいえ、ずっと隠し通すのも限界がある。
感付かれた時は、交際していることを素直に認めよう、話し合った末にそう決めていた。
そして交際を隠していた理由は、一応川井にも説明しておいた。
理解はされないだろうと思ってはいたが、案の定ヤツは「真面目か」という一言で流しやがった。
まあコイツの事だから、そういう反応だろうとは薄々わかっていたけれど。
「てかさ。ミズキチちゃん、ほんとにこんなクソ真面目ヤローでいいの?」
「はい。キリタニさんじゃないとダメなので」
「わお。直球で色ボケきたよコレ。どうですか桐谷クン、彼氏として今の心境を一言どうぞ」
「さっさと川井が帰ってくれればいいなと思ってます」
「そもそもさ。ミズキチちゃんってどんな男がタイプなの?」
「え?」
さらっと無視すんなよこの野郎。
と思いつつ、その川井の問いかけに水森がなんて答えるのかが気になった。
好奇心丸出しの川井の視線と、俺からの視線を同時に受けている水森は、やっぱり今も、安定の無表情だ。
「好みの男性のタイプ、ですか」
「うんうん」
「……」
考え込むように、彼女の視線が天井を仰ぐ。
少しばかりの沈黙の後、「あっ」と何かを思い出したような声を発した。
俺達に向き直り、水森の口が再び開く。
「毛ガニを食べる時に、私の分もほじほじしてくれる人です」
真顔で言う。
川井の目が点になってる。
アホ面全開だ。
でも多分、俺もそれに近い表情になってる。
……好みの男のタイプ……なのか?
「あと、『カニみそ全部食べていいよ』ってお裾分けしてくれたら、とっても素敵です」
「……」
……とっても素敵です。
って、それはただ水森がカニみそ食べたいだけだろ。
「……あ、ああうんわかるよ。カニみそ、美味しいもんな!」
「はい」
焦ったように川井が同調する。
「あの、あれな! 毛ガニ食べる時、ほじくってたら手ベッタベタになるもんな!」
「はい」
「毛ガニほじほじ! いいね、優しい男って感じぃっ!」
「はい」
必死にこの場を取り繕ってるハイテンションな川井と、真顔で淡々と返事を返す水森の温度差がすげぇな。
そんな風に思っていたら、最後に川井が俺に目を向けた。
「桐谷」
「なんだよ」
「お前は今後一切、カニみそを食うな」
「……」
俺が理不尽すぎるだろ。
「ちなみに桐谷クンのタイプは?」
「は?」
無理矢理な方向転換に、つい眉間に皺が寄る。
「桐谷クンの好きな女の子のタイプ。ミズキチちゃんも知りたいよね?」
「めちゃ知りたいです」
「……」
ニヤついている川井と、無表情だけど目をきらきら輝かせている水森の視線が痛いほどに突き刺さる。
言い逃れも出来そうにない空気に、溜め息を更にひとつ。
………、適当に答えるか。
「……大人しくて賢くて、クシャって全開で笑う子」
「あー、最後のはわかる気する」
思い付くままに答えれば、意外にも川井が同調した。
相変わらず無を保ったままの水森の視線と、俺の視線が自然とぶつかる。
そして、言った。
「私のことじゃないですか」
無表情で何言ってんの、この子。