#03



 痩せすぎず、だからといって太りすぎてもいない、程よく肉のついた、ふくよかな女性。
 日本人男性の大半が欲をそそられる体型がそれで、それは十分理解しているつもりだった。
 だから、その理想に近い体型を作り上げて、痩せすぎないように維持してる。体重管理だって、毎日きっちりしてるんだから。

 そして肌の質を良くする為に、日々、野菜は欠かさず食べている。美容成分が多分に含まれている魚も然り。たとえ夜遊びしても、睡眠は必ず8時間以上取るようにしてる。寝不足は美容の天敵なのだ。

 それだけじゃない。
 寝てる時や入浴中は、体の水分が不足する。だから事前にコップ一杯分の水を飲んでるし、日に3回以上、炭酸水を顔に吹き掛けてる。保湿も、日焼け対策だってバッチリ。化粧品だって、わざわざアロマオイル成分で作った私お手製のものだ。

 美肌作りと体型の維持は、そこまでして徹底してる。どれもこれも全部、「抱いてみたい女」だと男に思われたいから。

 せっかく抱いてくれるなら、今までで最高だったと言わせたい。
 肌が綺麗だと言われたい。
 抱き心地がいいと思われたい。
 その為の努力は一切惜しまない。

 なのに今、苦労して作り上げた体型を完全否定された。しかも初めて会った相手に、だ。
 ショックすぎて言葉が出ない。
 目眩がして、ふらりと体が傾いた。

「ちょ、」

 卯月さんの焦った声が聞こえる。
 倒れかけた私の体を、彼の腕が咄嗟に支えてくれた。
 けれど、頭の中がパニック状態に陥っている私に、卯月さんを気にかける余裕はなかった。

 お腹に回された逞しい腕を避けて、キッチンを出ようとする。
 フラフラして、足元がおぼつかない。

「おい朝霧」

 卯月さんの手が、私の手首を捕らえた。

「か、かえります」
「は?」
「も、もっかい、出直して、きます」
「……?」
「や、痩せすぎはだめだ……もっと肉つけなきゃ……ああでも体重管理どうしよう……」

 今以上に体重が増えるのはよろしくない。
 でも肉付きのいい身体を目指さないと。
 顔面蒼白のままぶつぶつ呟く。
 私の手首を掴んだままの卯月さんは、きょとん、とした顔で私を見つめていた。

「……あ、あの、手を離し、」
「ぶはっ」

 きったない笑い声が聞こえた。

「………へ?」

 やっと私の手を解放した卯月さんは、一体何が可笑しいのか、お腹を抱えて笑いだした。
 体を2つに曲げて、とても楽しそうに。
 目尻に涙まで浮かべて、大爆笑。
 むしろ泣きたいのは私の方だ。

「アンタ、変だな」
「へ、変?」
「変だろ。ブスだのガキだの言われても全然平気そうにしてんのに、なんで痩せてるって言われてショック受けてんだよ」

 普通逆だろ、そう突っ込んでまた笑う。

「や、痩せすぎはダメなの」
「なんで」
「だって男に抱かれなくなっちゃう!」

 身を乗り出して、至極真面目にそう告げた。
 握り拳を作って力説してるのに、卯月さんは全然話を聞いてくれない。
 ずっと、ずーっと笑いっぱなし。
 もう、なんなの。
 わたし真剣なのに!

「やべ。ツボ入った」
「ひどいです!」
「ひでぇのはどっちだよ!」

 むう、と頬を膨らませる私なんかガン無視で、しまいには笑い転げる始末。
 さすがに笑いすぎだと思う。
 反論しようとして、そこではた、と気がついた。卯月さんの頬の腫れが、引いている事に。
 仕返しに頬の件を突っ込もうかとして、でも、結局やめた。

 よくわからないけど、卯月さんは今、とても楽しそうに笑ってる。さっきの皮肉めいた笑い方なんかじゃない、素の笑顔。
 この和やかな雰囲気をわざと壊すほど、私は酔狂じゃない。

「アンタ、そんなに俺に抱かれたいの?」

 散々笑って、笑いまくって、やっと笑いを引っ込めた卯月さんが、そう尋ねてきた。

「うん」

 というかむしろ、今日はその為に来たはずだけど。

「理由は?」
「理由なんてないよ。私セックス好きだから」
「煩悩すぎるだろ」

 ぺち、と額にデコピンされた。
 結構痛い。
 手のひらでさすりながら睨み付けたら、今度は頭をぽんぽんされた。
 好意的な態度にちょっと嬉しくなる。
 どうやら私は、自分でも気づかない内に、卯月さんの警戒心を解くことに成功したみたいだ。

 さっきまでの息苦しい空気は消えている。
 絶対ヤッてやる、そう決意した意思もどこへやら、今はどうでもよくなってしまった。
 ……というか、笑われすぎて萎えた。

 そうすると、性欲よりも食欲が増した私の意識は当然、彼が冷蔵庫から取り出した食材達に向いてしまう。

「なに作るの?」
「ナポリタン」
「ナスも入れるの?」

 カウンター台を見渡せば、ナスがひとつ、コロンと置いてある。
 他にもケチャップにウスターソース、コンソメスープの素なんかも一緒に置いてあった。

「メインがナスと挽き肉だからな」
「へえ……」

 ソースも自分で作っちゃうんだ。
 コンビニで買って温めちゃう私なんかとは大違いだ。

「私包丁使えない」
「そこの引き出しにピーラーあるから使え」
「うん」

 彼の言われた通りに、ニンジンの皮を剥いていく。料理は苦手だけど、せっかくご馳走してもらえるなら手伝わないとね。

 卯月さんは料理に慣れているのか、淡々と野菜を切り、色んな調味料を混ぜ合わせ、フライパンや鍋を駆使して豪快に焼いていく。
 なんて男らしい。
 私は卯月さんから指示を貰って、ちょこまかと動いている。水切りしたり、塩を足したり混ぜたり、やってる事は小学生でもできるような簡単な事。
 でも、2人で作業分担しながら調理を進めるのは、なかなか新鮮で楽しかった。

 手が空いている間、彼と色々な話をした。

 卯月さんは地元の会社に勤めている会社員で、年は25。私より4つ上だった。
 1人っ子で、家族は父親と母親の3人。
 ちなみにお母さんがフランス人らしい。
 今朝あの通りを歩いていたのは、恋人の家から帰る途中だったみたい。

 驚いたのは、卯月さんが私をキャバ嬢だと思っていたらしい事。

 私は基本、肌を過剰に露出した服を着ない。
 キャバ嬢のような濃いメイクもしない。
 でも、公園でのあの一件。男慣れしてる口調やボディタッチの仕方、さも抱いてほしいと訴える発言に、彼は枕営業されていると勘違いしたのだと言う。

 確かにこの通りでも、キャバ嬢らしき女の人を早朝に見かけることはある。いかにも客と寝た後なんだろうなあ、と思ってしまう程に、彼女達の顔は疲労と苦労感が滲み出ている。

 でも、まさか私まで水商売をしている子だと思われていたなんて気づかなかった。
 金ヅルにされると思ったから、あんなに機嫌悪かったんだね。

「私、キャバ嬢じゃないよ」

 ちなみにそうなる予定もない。

「早とちりして悪かった。思えばあの時、アンタ、ワンピース着てたな。確かにキャバ嬢には見えない」
「セフレと遊んでからの、ラブホ帰りしてる普通の女子大生です」
「………」

 ちなみに頬の件も話してくれた。

 彼には、1年半交際している彼女がいる。
 いや、|いた《・・》。過去形だ。
 もう関係は冷めきっていたようで、卯月さん自身も、そろそろ潮時だと判断していたらしい。
 ついに別れ話を切り出そうと、彼女の部屋で、本人の帰りを待っていた。それが昨日の話。

 なのに、当の本人は帰ってこない。
 事前に連絡をしたにも関わらず、だ。
 どうやら卯月さんを放ったらかして、友達と朝まで飲み明かしていたらしい。
 それは、卯月さんじゃなくても怒るよね。

 そして朝帰りした彼女と口論になって、お別れする形で、部屋を追い出されたようだ。
 頬に出来たもみじも、彼女によるもの。
 逆ギレした本人に、何故かぶたれたらしい。

「理不尽だね……」
「かなり癇癪持ちの女でさ。もう耐えきれなかった」

 卯月さんはそう、愚痴を零した。






「おいし~」
「だろ」

 率直な感想を漏らせば、卯月さんは得意そうに笑った。
 簡素なガラステーブルを挟んで、向かい合わせに座って夕食に手をつける。ナスと挽き肉をメインにしたナポリタンは、ニンジンとパセリを加えたお陰で、鮮やかな配色に仕上がっていた。

 ケチャップの酸味がナスに溶け込んで、超美味い。
 お店で出せるんじゃない? これ。

「あの、卯月さん」
「ん?」
「ひとつ聞いてもいいですか」
「何?」
「どうして、私を部屋に誘ったの?」

 不本意だけど、彼はもとから、私を抱くつもりなんてなかったようだ。
 なのに、こうして部屋に誘っている。
 抱く気がなかったなら、別の理由があるのかと思って尋ねてみたけれど。

「別に」
「べつに?」
「夕飯、ぼっちだと寂しいだろ」
「えー……」

 そんな理由?

「というかさ」
「なあに?」
「アンタ、前からそんな感じなのか?」
「そんな感じ?」
「男なら誰でもいいから抱かれたい、みたいな」
「誰でも、って訳じゃないけど」

 私にだって好みはある。
 まあ、許容範囲は広いかもしれない。

「普通は好きな男とだけしたいだろ」
「そう?」
「俺はそうだけど」

 パラパラの挽き肉が絡んだナスを口の中に放り込んで、卯月さんは話を続けた。

「俺は好きな女じゃないと抱けないし、抱かない」

 卯月さんの主張に、私も頷く。
 普通はそうなんだと思う。
 こういう時、つくづく自分は普通じゃないんだなと実感する。
 好みはあれど、私は基本、無節操だ。

「あ、でも遺伝なのかも」
「遺伝?」
「お母さんがAV女優」
「………」

 卯月さんの目が点になった。

「あ、でも有名人じゃないよ。殆ど企画系の撮影ばっかだし、単品で出たことないから」
「………」
「ちなみにお父さんがAV監督」
「………」
「お母さんの女優名とか聞く?」
「……いや、いい」

 はあ、とため息をついて、卯月さんが天井を仰ぐ。

「俺に抱かれたい、ってアレは、もういいのか」
「よくはないけど……」

 今はとても、そんな気分になれない。
 それに抱かれる前に、やらなきゃいけない事も出来たから。

「……痩せてるかなあ?」

 二の腕を指で摘まんでみる。
 ふにふに揉んでみても、もちもちの肌とぷにぷにの感触が直に伝わってくる。我ながら癒される感触だ。

 それに胸だってそこそこある。
 大胸筋を鍛えたお陰か、見事なお椀型のEカップ。よく褒められる、自慢のおっぱい。

 でも、今の私に彼は魅力を感じないと言う。

「卯月さん、まさかB専、」
「な訳ねえだろ」

 憮然としながら私の主張を否定した。

 B専じゃないと聞いて一瞬舞い上がった気分はすぐに落ち込んだ。彼に言われた「すげぇブス」発言を思い出したからだ。
 卯月さんだって、ブスだと思う女は抱きたくないだろう。それ以前に彼は、「好きな女じゃないと抱かない」と言っている。
 つまり、痩せてるだの何だの以前に、はなから私は対象外だったという事だ。

 結構、ショックでかい。
 彼の恋人になる気はないし、もう脈はないのかな。
 たった一度だけでいいんだけどな。
 どうしたら抱いてくれるんだろう。

 眉を寄せながら考え込む私に、からかうような声が掛かる。

「俺に抱かれたかったら、中身も含めて女磨いてこいよ」

 ちょっと期待感を持たせる言い方だった。
 とはいえ、落ち込む心は浮上しない。
 女、磨いてるんだけどな。
 中身か。中身がダメなのか。

「うん……わかった。頑張る」

 それでも、彼好みの女になれるように努力してみよう。
 それで彼の気が変わったら、もしかしたら、いつか抱いてくれるかも。
 淡い期待を抱きつつ、残りのナポリタンに手をつける。
 素直に頷いた私を見て、卯月さんは小さく笑みを漏らした。

「朝霧って」
「?」
「根は素直でいいヤツだな」
「……褒められてるの?」
「褒めてるよ。思考はちょっとイッてるけど」
「うん……イキたい」
「そのイクじゃねぇ」

 アホか、と軽く突っ込まれた。

 その後は食器を片付けて、卯月さんの部屋を出た。本当に、ただ夕食をご馳走してもらっただけで終わってしまった。

 帰る頃には22時。
 深夜とはいえ、近くにはコンビニもあるし、大通りに近いせいか、こんな時間でもまばらに人が歩いている。
 とはいえ、危険が全く無いわけじゃないと、卯月さんが途中まで付き添ってくれた。

 ずっと他愛ない話で盛り上がっていたけれど、卯月さんは私に連絡先を聞こうとはしない。
 私も聞かなかった。
 「女を磨いてこい」なんて言ってたけど、彼の中ではもう、私と関わるつもりはないのかもしれない。
 そう思ったら何となく、私の方から連絡先を尋ねるのは気が引けた。

 結局当初の目的は達成できなかったけれど、それでも、私の心は満ち足りていた。
 美味しいごはんと、楽しい会話のお陰かな。
 これで、あとは抱いてもらえたら最高だったんだけど。
 人の欲はどこまで深い。


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綺麗なあの人に抱かれたい!|本編3話
転載先:ムーンライトノベルズ
柚木結衣 ( HP / 拍手 )



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