#02
今まで、幾度となく男と遊んできた。
セフレだって沢山いる。
何の自慢にもならないけれど。
ただ、見境いなく遊んでいた訳じゃない。
幸か不幸か、私は申し分ないほどに顔とスタイルには恵まれていた。
高身長に、スラリと長い手足。
豊満な胸に、きゅっと引き締まったウエスト。
顔も悪くない方だと思う。
学生の頃から一番目立つ存在だった。
羨望や妬みの眼差しに、常に晒されていた。
それが心苦しかった事もある。
もう、昔の話だけど。
小学生の頃は、身長のせいで高校生に間違えられることが多くて、普通の女の子達に憧れていた。
男子からは「巨人」なんてあだ名で呼ばれて、何度も傷ついた。
中学に上がれば、今度は痴漢に合う日々。
身を守るために剣道や柔道を習い始めたのも、この頃だ。
でも、辛かった事ばかりじゃない。
中学生といえば、まだまだ多感なお年頃。
この頃の私もまだ初々しいもので、恋愛事には興味津々だったし、初めての彼氏も出来て毎日楽しくやっていたものだ。
高校は、都内でもそこそこ有名な女子校に通っていて、常に憧れの存在として周りから敬われていた。同性からも何度か告白された。
さすがにびっくりしたけれど、男に免疫のないお嬢様学校ではこんなこと、然程珍しいことではないらしい。
そして今。
大学内で私は、憧れの君やら高嶺の花とか、周りから好き放題言われているようだ。
ウケるよね。
ただのクソビッチに成り下がった女なのに。
近寄ってくる男は大抵、私の身体が目当て。
私もセックス大好きだし、身体が目当てでも何ら問題はなくて、むしろ大歓迎なところ。
でも、常に入れ食い状態の私でも、どうしても受け入れがたい種類の男がいる。
ひとつは、彼女持ちの男。
もうひとつは、イケメンの部類に属する男。
今まで色んな男と寝てきたからわかる。顔のいい奴というのは、セックスが極端に下手だ。
いや。
正確には、セックスコミュニケーションが下手、という言い方が正しい。
顔がいい、というのは武器になる。
極端な言い方をすれば、本当に、顔だけで世の中渡り歩いていけるんじゃないかと思う。こと、女に関しては、特に。
だから多少なりとも、イケメンだとモテはやされている男は、顔に自信のある奴が多い。
ただ、問題がひとつだけあって。
何を勘違いしているのか、顔がいい=セックスが上手い、と思い込んでいる奴も多い。
セックスは、テクが全てじゃない。
フィーリングが合うか、合わないか。
相性も少なからず、大事な要素だ。
私の場合、大抵の男とは合わない。
自分が気持ちいいと思えるところが、必ずしも相手も合致している訳じゃない。
そこを理解してなくて、自分本意に事を進める男が多い。
セックスは、コミュニケーションだと言う。
私もそうだと思う。
恋人だろうとセフレだろうと、それは変わらない。
相性が合わないのは、会話をしないからだ。
互いに探り合いながら触れ合って、肌を通して相性を深めていく。抱かれてきた男の大半は、それで上手くできた。
なのに、
「過去抱いてきた女はこれで満足した。だからお前も、この抱き方で気持ちよくなれるはずだ」
と、イケメン共は言う。
バカじゃないの、って毎度思う。
それは顔だけで満足されていただけで、セックスに関しては渋々、合わせてくれたんだよ。
今まで彼らに抱かれてきた女の子達が不憫でならない。
相手に合わせるだけのセックスなんて、ただ辛いだけだろうに。
遊ぶならタケくんのような、素直な男がいい。
顔の良し悪しは、私の場合は関係ない。
タケくんは、私の弱点を全部知ってる。
そして私も、タケくんの弱いところは知ってる。良いところも、好きなプレイも、全部。勿論、タケくん以外の男も同様に。
彼らはちゃんと、私と会話をしてくれた。
どうすれば私が気持ちよくなってくれるのか、ちゃんと聞いてくれる。自分の気持ちいいところがどこなのか、私に教えてくれる。
そうやってコミュニケーションを図ってきたからこそ、今、楽しい時間を過ごせている。
その会話の時間すら潰す男とは遊ばない。
時間の無駄。
私がイケメンと呼ばれる奴等と基本遊ばないのは、こういった理由からだった。
・・・
「……さて」
来てしまった。
彼が住んでいるマンションは、私が1人暮らしをしているマンションから遠くない場所にあった。それこそ、徒歩で15分程度の距離だ。
失敗した。
場所が近いというのは、よろしくない。
住んでいるマンションがバレる可能性が高いし、偶然すれ違った時とか気まずい。
とはいえ、約束は約束だ。
20時に部屋へ伺うと約束した以上、守らなければならない。
意を決して、インターホンを押す。
室内から、人の動く気配がした。
「……本当に来たんだ」
開けられた扉から覗き込んできた部屋の主は、開口一番、私にそう言い放った。
「え……来ちゃマズかったですか?」
住所を書いた名刺を渡しておいて、それはないと思う。女をコケにする男は格好悪いぞ。
なんて心の中で悪態ついてみたけど、彼は私を追い出すつもりはないようだ。
「別に。入れば」
相変わらず無愛想。
まあいいけど。
「お邪魔します」
そろりと足を踏み入れる。
床を見れば、靴が一足のみ。
よかった。彼も1人暮らしのようだ。
リビングへと歩を進めれば、殺風景な空間が広がっている。コンクリートが打ちっぱなしの壁に、簡素なテーブル、2人掛けソファー、パソコンデスクが配置されていた。
そして、大きな窓がひとつだけ。
デザイン重視のデザイナーズマンションって奴だ。
にしても……随分と女っ気のない部屋だ。
「悪かったな、女っ気のない部屋で」
「なんで心の声が聞こえてるんですか」
「顔見ればわかる」
そこで初めて笑顔を披露された。
底意地の悪そうな笑い方。口の端を吊り上げて、上から目線で物を言う。
私が最も苦手とする俺様系男子の特徴。
来ておいてなんだけど、もう帰りたい。
でも、まだヤってもいないのに帰るなんて、私のつまらんプライドが許さない。
「そこ座れば」
「あ、はい」
促されるままに、大人しく座る。
彼は無言のまま、キッチンへと向かった。
遠くから冷蔵庫を開ける音と、コップに氷を投入してる音が聞こえる。
一応、もてなそうとしてくれるみたいだ。
「………参ったな」
調子が狂う。
暇があれば、いつも歓楽街近くで男漁りをしてた。好きな言い方じゃないけど、逆ナンというやつ。
だから、初対面の人と寝る経験は初めてじゃない。慣れていると言ってもいい方で、そういう展開への持ち込み方は、かなり上手い方だと自負してる。
でも今回は事情が違う。
相手は私の苦手なイケメンで、俺様で、そしてここは彼の部屋。いつもとは真逆のパターンで、流れは多分、向こうにある。
しかし、それはいけない。
流れは私が掴む。
主導権も私が握る。
どうにかして、私からそっちの展開へ持っていかなきゃ。相手が誰であろうとも。
そんな事を悶々と考えていたら、彼がキッチンから出てきた。
つい背筋を伸ばしてしまう。
柄にもなく、緊張してるかもしれない。
「はい」
差し出されたガラスコップの中身は麦茶。
カラカラと、氷のぶつかり合う音が響く。
「わざわざ、ありがとうございます。あの、」
「それで、アンタさ」
「え、は、はい」
喋らせてくれない。
喋る隙がない。
彼の発言を遮断することもできず、仕方なく口を閉ざす。
「名前は」
「あ……朝霧です。朝霧奈々」
「ふうん。じゃあ朝霧」
「はい」
「メシは?」
「は?」
メシ?
「夕飯。食べたか」
「いえ……」
「じゃあ、食ってけ」
「……え、でも」
ご飯食べに来た訳じゃないんですけど。
「何が食べたい」
「え、えーと」
「特にないなら、勝手に作るけど」
「あ、じゃあ、お任せします」
「ん」
卯月さんが再び立ち上がる。
そのままキッチンへと向かってしまった。
そして取り残される私。
静寂がリビングを包み込んだ。
……ん?
……え?
おかしくない??
どう見ても、これからセックスしようとしてる男女の雰囲気じゃない。
今朝、私は確かに彼を誘った。
慰めてあげると言った。
その意図を、彼は確かに悟ったはずだ。
だから私を部屋に誘ったんだから。
と、そう思っていた。
一緒にご飯食べましょうみたいな、そんな可愛らしい会話ではなかったはずだ。
「………いやいや」
ぺち、と両頬をはたく。
自身の心を奮い立たせて、私はその場から立ち上がった。
一夜限りで遊べそうな男がすぐ側にいる。
ここで手を出さないでいつ出すんだよ。
何もせず帰るなんて、ビッチの名が廃る。
ビッチにも、プライドがあるのだ。
そのままキッチンへと足を運べば、私に後ろ背を向けたまま、彼は夕食の食材をカウンターに並べていた。
真後ろに立って、後ろから寄り添ってみる。
背中越しに、彼の体がぴくりと動いた。
「……朝霧、離れろ」
「いや」
「おい」
「私、夕食よりも卯月さんが食べたいな」
「………」
自分でも思う。クサイって。
こんな頭の悪い誘い方あるだろうか。
でも直接的な言い方をしないと、はぐらかされてしまう気がして。
だからってこんな発言もどうかと思うけど。
でも、なんだっていい。
ヤレれば。
ぴったりと背中にくっついていれば、卯月さんがゆっくり、私の方を振り向いた。
狭い室内で男女2人、視線を交わし合う。
感情の篭らない瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。
「………朝霧」
耳に心地いい低音が名を囁いた。
甘やかな鼓動が胸を打つ。
強ばった長い指先が、私の手を取った。
男らしくゴツゴツした手。
この手に今夜抱かれちゃうんだと、そう思っただけで、はしたない私の中心が熱くなる。
そして彼の手が、私の手のひらの上に―――
ぽん。と、何かを乗せた。
「………」
橙色の生野菜。
ニンジンだった。
「それ皮剥いといて」
「………」
ふざけんな違うだろうが卯月恭一。
「あの、卯月さん、これ」
「あ、包丁使えないの? ピーラー使うか?」
「いや」
そうじゃない。
「卯月さん」
「なに。まだ何かあるのか」
「抱いてください」
「………」
直球勝負に出た私の発言に、彼は一切顔色を変えなかった。
驚いたり、動揺している様子もない。
この人はやっぱり、私の誘いの意図に気づいてる。
気づいてるくせに、乗ってこない。
部屋まで誘っておいて、期待させておいて。
女をコケにしやがって。
許さん。
もう絶対ヤる。やってやる。
固い決意を胸に、男と向かい合った。
「………あのさ」
暫しの沈黙の後、彼がやっと口を開く。
「自分、美人だとか思ってる?」
「……え?」
予想していた返事とはまるで違う発言に、目を丸くする。
「今まで美人だの可愛いだの言われて調子乗ってんのかもしれないけど、俺から見れば、アンタ、全然ブスだから。すげぇブス」
「………」
………ブスって言われた。
生まれて初めて言われた。
「大体なんだよ、抱いてくれって。アホか。なんで俺がお前みたいなガキ抱かなきゃいけねーんだよ」
「………」
………ガキ。
それも初めて言われた。
「そもそも、アンタ痩せすぎ。んなガリガリに痩せた女なんか抱いても楽しくな、」
「なんですとっ!?」
「……え、なんだ急に」
今度は卯月さんが目を丸くしてる。
それはそうだ。
ずっと大人しかった奴がいきなり発狂したら、誰だって驚くに決まってる。
それほどまでに今、聞き捨てならない台詞を吐かれたのだ。
耳を疑った。
「……………や、や、痩せすぎ……?」
痩せすぎ。
しかも、ガリガリとまで言った。
それは私にとって、絶対的タブーな単語。
それだけは絶対に、男から言われてはいけない発言だった。
「……おい、アンタどうした?」
卯月さんが不安げな声で呼び掛けてくる。
ブスにもガキにも反応しなかった私が、痩せてる、という発言にショックを受けていることに困惑しているようだ。