#01



 過去の経験談から言わせてもらうと、顔のいい男は総じてセックスが下手すぎる。






「っあ、ん、やば、気持ちい……っ!」

 ビクン、と腰が跳ねる。
 何度も抜き挿しを繰り返す指にイかされた身体は、とろんとろんに蕩けきっていた。
 早く、はやく欲しいと子宮が泣く。
 下半身に溜まる熱を放出したくて、私は甘い声で男におねだりする。

「ね、早くいれて……?」
「……っ、奈々ちゃんがそう、言うなら」

 目の前の男の顔が嬉しそうに頷く。快楽を求めているその表情の、なんとだらしない事。
 でも、この顔が好き。
 私を抱きたくて、私を散々喘がせたくて、イかせたくて、そして自身も早く挿れたくてたまらない、そんな顔。強く求められている感覚が、私を満たしてくれる。

 止めどなく蜜が溢れる秘所に、熱い猛りがあてがわれる。ちゅぷちゅぷと悪戯に入口を擦られて、私はたまらず腰を揺らした。

「やぁ……焦らさないで……?」

 涙ながらに訴える。

 涙うるうる&上目遣い&萌え声の必殺技。
 これで落ちない男はいない。
 それは目の前の男も同じだったようだ。
 軽く目を見張った後、ぐちゅん! と勢いよく、中に打ち付けてきたから。
 一瞬、目の前に星が散る。
 「奈々ちゃん、エロすぎ……っ」と、頭上で掠れた声がした。

 理性の糸がぷっつりと切れた男は、勢いのままに猛然と腰を振ってくる。
 優しさの欠片なんて微塵も感じられない、容赦ない突き方。普通の女の子なら、まず嫌われる行為だ。
 私は普通の女子とは違う。
 突然襲ってきた衝撃に、けれど順応しきった身体は快感だけを拾っていく。
 気持ちよくて、気持ち良すぎてたまらない。
 荒々しいセックスが、余計に興奮を煽っていく。

「あんっ、すごいそこ、そこだめ……っ!」
「……は、知ってるよ、ここだよね。奈々ちゃんの好きなところ……」
「あっ、あ、そこ、もっと……!」

 男は盛んに奥を責めてくる。
 でも、決して独り善がりなんかじゃない。
 彼は、私の弱い所も良い所も全部、熟知してる。何故なら私が教え込んだからだ。

 この人も最初はセックスが下手だった。
 それを、私が手取り足取り腰取り(?)、私の弱い所から、どうすればイかせられるのかまで、テクニカルをたっぷりと叩き込ませた。
 そのお陰と言えばいいのか、今ではすっかり私の望むセックスをしてくれるまでに成長してくれた。

 ああ―――超楽しい。

 男を手のひらでころころ転がす優越感。
 自分の趣向にとことん染め上げる支配欲。

 手間暇かけて彼に費やした時間は、決して無駄ではなかったようだ。
 あの時間があったからこそ、今、最高の快楽を得ているわけだから。
 最も、ここまでの道のりは決して楽なものではなかったけれど。



・・・



「タケくん、彼女作らないの?」

 ベッドで寝そべっている私の隣で、ずっとスマホをいじっている男。タケと呼ばれた男が、私に視線を向けた。

 やや幼い顔立ちに、甘さの残る目元。
 明るくて人懐っこくて、大学内の一部の女子から人気がある。
 性格も素直だし、ワンコ系男子の抽象的な人。
 同い年だけど、高校生にも見える。

 スマホに夢中になっているタケくんの傍らで、私もスマホをいじる。明日の夜はどこで男を漁ろうかな、なんて頭の片隅で考えてる。こんなに甘やかな雰囲気が皆無なピロートークも珍しいかもしれない。
 でも別に気にしない。
 雰囲気とかムードとか、別に私はそんなもの、求めていないから。
 セックスが楽しくて気持ちよければそれでいい。

「あー、欲しいとも思うんだけどね」
「うん」
「作っちゃうと、奈々ちゃんと遊べなくなっちゃうと思うとね」
「未来の彼女より、セフレ優先なの?」

 間抜けな返答につい笑ってしまう。

「そりゃそうだよ。奈々ちゃん、自分がどんな存在かわかってる? 高嶺の花だよ? こんなハイレベルな子と遊べるなんて経験、もうこの先絶対にないから」

 少し興奮気味に話すタケくんは、1年前に合コンで知り合った男友達。
 趣味の話で意気投合して、飲み直そうなんて言いながら2人で抜けた。
 行き先はラブホテル。
 男の「飲み直そう」は、訳すれば「えっちしよう」なんだよね、大体は。
 あの日以降、タケくんとはずっとセフレ関係を続けている。

「タケくんに彼女できたら、私、もうタケくんとは遊ばないよ? 彼女大事にして欲しいし」

 それは本当。ただでさえリスキーな生き方してるんだから、面倒事になりそうな要素は避けて通りたい。
 彼女がいる男とは絶対に寝ない。
 家庭持ちの男に誘われても遊ばない。
 そう自分の中でルールを決めている。



 男に抱かれるために生きている。
 自分の存在価値なんてそんなもんだと勝手に決め付けている。それで満足してる。人生たった一人の男、なんて私には絶対に無理だ。

 彼氏が欲しいとは思わない。
 恋愛もまだしたくない。
 色んな男と遊びたい。えっちな事もたくさんしたい。そんな私をビッチだの尻軽女だと笑う女もいたけれど、私から見れば、男にモテない女の僻みにしか聞こえない。
 男に「抱いてみたい」って思われない女って、女として終わってない?

 自分のこの感覚が、世間一般の女子の感覚とズレているのはわかってる。友人からも、「そろそろ男遊びやめたら?」なんて戒めを受けているくらいなのだから。

 それでもやめない。
 やめる気もない。
 何故なら、私を抱きたいと思ってくれている男がたくさんいるからだ。
 そして私もたくさん抱かれたいと思ってる。
 これほど利害が一致しているのに、この夜遊びを放棄するメリットが私には存在しない。








 ラブホを出た頃には、もう外は明るかった。
 時間は早朝の4時。初夏の風が緩やかに頬を撫でて、私の髪をなびかせる。
 昇り始めた陽の光が眩しくて、瞳を細めた。

「本当にここで大丈夫?」

 助手席から降りれば、タケくんは身を乗り出して私の顔色を窺ってくる。
 ただのセフレとはいえ、さっきまで身体を繋いでいた女をひとり道に残して帰るのは、さすがのタケくんでも気が引けるのだろう。
 その気遣いを、手を振って交わした。

「へーき。歩いて帰りたいし~」

 なんて、明るく振る舞ってみる。
 この言い分も、あながち嘘ではない。

「そっか。じゃあね、奈々ちゃん」
「うん。今日はありがとね! 楽しかったよ」
「俺も楽しかったよ。また誘ってね」
「うん」

 根拠のない口約束を交わして、車は走り出していく。視界から消えるのを待ってから、私もその場を歩き出した。

 どれだけたくさんの男と寝ても、どれだけ回数を重ねても、車での送り迎えは全て断っている。住んでいる場所を安易に明かさないのも、身を守る為に必要な防衛策だ。

 それに、早朝にひとり自宅マンションまで歩くこの時間が、私は結構好きだった。

 充実した疲労感に、満足感を得る。
 たとえ身体目当てだったとしても、私を必要としてくれる人がいる事が嬉しい。
 そして、その相手を満足させられたという事実が、一番私を満たしてくれる。
 案外、私は奉仕系なのかもしれない。

「帰ったらもっかいシャワー浴びて寝よー」

 そんな事をほざきながら、呑気に両腕を天に伸ばした―――その時。

 がつん。
 肉を押し付けるような感触が、左の拳を掠めた。
 同時に「いてっ」と叫ぶ男の声も。

「ん?」

 その呻き声にはた、と立ち止まる。
 そこで気づいた。
 背後にある、人の気配に。
 嫌な予感がして後ろを振り向けば。

「……うわ」

 真後ろに男がいた。

 スーツ姿を見る限り、会社員っぽい。
 私より頭ひとつ分高い背丈。
 顔は逆光が邪魔をしてよく見えなかった。

「すみません、大丈夫ですか」

 一歩後ずさって頭を下げれば、彼の靴が見える。
 この人が立っているのは、私の斜め後ろ側。きっと、前方で歩いていた私を追い抜こうとしていたんだろう。
 でも、運悪く私の拳と接触してしまった。
 不慮の事故とはいえ、大の男をグーで殴ってしまった。申し訳なさすぎる。

「……大丈夫です」

 一拍置いて、頭上から低い声が落ちた。
 でも、大丈夫なわけがない。
 結構な勢いでパンチしてしまったのだ。
 ほら、心なしかお兄さんのほっぺも赤く染まって…………、

 ……あれ?

 異変に気付いて、お兄さんの顔を凝視する。
 顔というより、逆光のせいで薄暗く見えてしまう彼の、左頬に。

「何か?」
「あ、いえ……」

 言い淀んでしまったのには訳がある。

 私がお兄さんにパンチングしてしまったのは、右頬だ。
 でも、お兄さんのほっぺが赤く腫れ上がっていたのは、左頬。明らかに誰かに平手打ちされたような跡がある。

 頬にビンタされた印を残す男が、こんな早朝に、この通りを歩いている意味。
 その事情は探らない方がいいんだろうな。
 そう思って顔を上げる。

「……あ」

 その時になって、やっと、男の顔が見えた。

 綺麗に切り揃えられた髪。
 長い睫毛に、すっと通った鼻筋。
 覗く瞳は透き通ったコバルトブルー。
 恐ろしいほど顔のパーツが整っている。

 間違いなくイケメン。イケメンだけど……
 この人、ハーフ?

「あの」

 彼に詫びたら、すぐこの場を立ち去る予定だったけれど……、

 やめた。
 俄然、この人に興味が沸いた。

「今、お時間大丈夫ですか?」
「え?」
「ちょっと、来て下さい」
「え、おい」

 問答無用で手首を掴んで歩き出せば、後方から不満げな声が耳に届いた。
 その呼び掛けには応じず、近くにある公園に足を踏み入れる。一度お兄さんから離れて、水飲み場へ走った。

 バッグから取り出したのは花柄のハンカチ。
 水で濡らしてから、彼の元へと戻る。

「ほっぺ、冷やした方がいいですよ。見事なもみじになってるから」

 なんとも痛ましい姿の彼に、濡らしたハンカチを差し出した。
 頬の事には触れて欲しくなかったんだろう、気まずそうな表情を浮かべている。
 とはいえ、赤く腫れあがった状態を放置するわけにもいかず、彼は大人しく、私からハンカチを受け取った。
 そのまま、左頬に当てる。

「……悪い」
「いえ。それより、座りません?」

 朗らかな笑顔を向けながら、真横にあるベンチを指差した。
 ここでもし彼に断られて逃げられてしまっては困るので、彼の返事も待たず、先に私が座る。
 疑わしげな視線を私に向けながら、彼も渋々といった感じで隣に移動した。

 よしよし。
 第一関門は突破した。

「お兄さん、今から会社?」

 そんな訳ないだろうと思いつつ尋ねてみる。
 案の定、首を振られた。

「いや、家に帰る途中」
「この辺りに住んでるんですか?」
「まあ、一応」

 微妙な返答で濁されたのは、私に対する警戒心から来るものなのか。
 さっきから感じ悪いし、ずっと無愛想で不機嫌な様を隠そうともしない。
 見ず知らずの女にいきなりグーパンされた挙げ句、プライベートな事を根掘り葉掘り聞かされようとしているんだ、機嫌が良いはずはない。

「ほっぺ、痛そうですね」

 そう発言してみれば、不快そうに顔を歪ませた。
 冷たい印象を受ける吊り目が更に吊り上がり、私への嫌悪感が滲み出ている。
 イケメンなのにもったいないなあ。
 余程、頬のもみじ事情には触れてほしくないらしい。

「女の子に振られたの?」

 核心を突けば、彼の纏う空気が変わる。
 ひやりと冷たい邪気が私を襲った。

「……何なんだよ。人のこと検索するのがアンタの趣味か」

 お。地が出始めた。

「そういう訳じゃないけど、お兄さんに関しては別かな」

 なんて、わざとらしいにも程がある。
 かなり胡散臭い顔をされた。
 でも、この態度も想定内だから気にしない。

「私でよかったら慰められるけど、どうかな」

 覗き込むように、下から彼を見上げてみる。
 口調はあくまでお願いする形で。上から目線ではいけない。
 私の一言に込められた誘いの意味に、彼もどうやら気付いたようだった。気づかないほど鈍感ではなかったようで、そこだけは安心する。

 胡散臭そうな表情は変わらず。
 だけど私に対する嫌悪感は、その瞬間、僅かに薄れた。
 つくづく男は単純な生き物だと実感する。
 もう一押しかな、そう判断して彼に身を寄せた。

「お兄さん素敵だし、私好みだから」

 さりげなく彼の足に触れてみる。
 自分に好意を寄せる女からのボディタッチに、相手が満更でもなさそうな態度であれば、この後は大抵上手くいく。嫌悪感を出されたら、誘いを断られることが多い。
 そして彼の場合は、どうやら前者のようだ。

 はあ、と小さくため息をついてから、鞄から名刺ケースとボールペンを取り出している。中から名刺を1枚取り出してひっくり返し、裏面にペンを走らせている。
 そして、無言のまま私に差し出してきた。

 投げやりに託されたそれを受け取って、書き込まれた文字列を眺めてみる。
 マンションらしき名前と簡素な住所、部屋番号が記載されていた。

 ………いきなり部屋のお誘いかよ。

「今日、来れる?」
「勿論。何時頃に行けばいい?」
「むしろ何時に来れる?」
「20時頃なら大丈夫かな」
「じゃあ、待ってる。……あ、」
「ん?」
「アンタ、歳いくつ」
「21」
「じゃあ、大丈夫か」

 彼の肩から力が抜ける。
 未成年かどうかの確認をする辺り、中身はわりと生真面目な人間なのかもしれない。

 けど、案外すんなりと上手くいったのは驚きだった。
 自分の中で、勝算は五分五分だったから。

 彼の頬に出来たもみじ事情が女関連なのは、何となく察しがついた。
 彼女に振られたのか、もしくは喧嘩したのか。どちらかなのかはまだ判断ができない。
 今わかるのは、この人が女と遊び慣れていない事だ。
 この無愛想な態度に、睨みつけるような鋭い視線。普段から遊び慣れている奴の雰囲気じゃない。
 それなのに、私の誘いに乗った。
 自棄を起こしているのかもしれない。

 普段の私であれば、この場合はスルーする。
 彼女がいるかもしれない男には関わらない。それが自分で決めたルールだから。
 そして、それは目の前の彼にも適用される。

 でも、彼の綺麗な顔と、その頬に残る跡を見て気が変わった。

 もし彼が彼女と別れた後であれば、ルール適用外な訳で、私が美味しく頂いても問題ないわけで。
 その辺の情報は、今晩、もう一度聞き出さなければならないけれど。

 ……でも、まあ多分、振られたんだろう。
 女の勘がそう言っている。

「それじゃあ、また後でね」
「ああ」

 ハンカチを返してもらった後、彼とは公園で別れた。互いに向かう道は同じ方角だったけど、私は違う歩道を突き進んだ。

 受け取った名刺をためすつがめず眺めてみる。
 カタカナだらけの企業名に、部署名。
 そして、名前が印字されていた。

「卯月……うづき、きょういち」

 卯月恭一。
 どう見ても日本人名だ。
 でも、あの綺麗な青い瞳は日本人のものとは違う。

「にしても……部屋かあ」

 できればラブホが良かった。
 安全だから。
 ちょっと早まったかなあ、と反省する。

 私が、男を部屋に寄せ付けないのと同じように、私も男の部屋へは絶対に行かない。
 男と遊ぶのはあくまでも、遊び。
 深入りはしない。
 プライベートな空間に足を踏み入れない。
 だから、部屋には行かない。
 それに一度だけ、危ない目にもあったから。

 数年前、少しだけ気を許してしまった男に誘われて部屋にお邪魔したら、そこにいた彼の友達らしき男数人に、襲われかけた事があった。

 生憎私は、剣道に柔道、合気道の有段者という隠れスキルを持っている。男数人に襲われようが、余裕で張っ倒せる自信もある。実際、その場で全員叩き潰した。
 とはいえ、恐怖が無かった訳じゃないんだ。
 怖い思いをしたから、あれ以来、男の部屋には行かない事を徹底してる。

 それでも男遊びをやめない辺り、自分は相当頭イカれてるな、って思うけど。

「うーん……まあ、いいや」

 あの人が、そんな乱暴を働くとは思えない。
 それでも、もし何かあれば逃げればいい。
 それが出来るだけのスキルと経験が私にはある。



 今日はどこで男を漁ろうかな、なんて考えていたけれど、一夜限りの遊びにはもってこいの相手になるかもしれない。

 そう思っていた私はこの日、ずっと浮かれ気分のまま、約束までの時間を過ごした。


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綺麗なあの人に抱かれたい!|本編1話
転載先:ムーンライトノベルズ
柚木結衣 ( HP / 拍手 )



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