#11
俺様な人の嫉妬ほど怖いものはない。
それを、身をもって知った。
「あ、あ……っ、や、だ」
喘ぎと共に零れ落ちたのは拒否の言葉。
「やだ? 違うだろ」
返ってきた声は、背筋が凍るほど冷たくて。
散々弄ばれた身体は熱を帯びているのに、冷や汗が背中を伝う。
薄暗い寝室。枕側に背に、私は両膝を立てて座っている。
目の前には件の彼。
2人分の体重を乗せたベッドが、ぎしりと耳障りな音を立てた。
「卯月さん……っ」
「なんだよ」
「も、いれて、いれてよ……っ」
私のナカを、長い指が掻き乱す。
抜き挿しされる度に湿った音が響き、羞恥を通り越して興奮が増す。
下腹部が疼いて仕方ない。
散々指でイかされ続けた身体は、既に限界を超えている。息も絶え絶えなのに、卯月さんにやめる気配はなく、最終的な刺激をくれることもない。
私が何を欲しがっているかわかってるくせに、指での愛撫をやめない。それ以上のことをしてくれない。一番望んでいるものを、くれない。
なぜか、大変ご立腹の様子だった。
でも私には、どうして卯月さんが怒っているのかわからなかった。
わからない事が、更に卯月さんの機嫌を悪化させているようで。
「あっ、だめイく、またイっちゃ……っ!」
「イけよ。だらしない顔見ててやるから」
「……っ!」
遠慮なしに奥を擦られて、呆気なく果てる。
もう、何度目だろう。
「卯月さん……」
イったばかりだというのに、欲しがりな身体はやっぱり卯月さんを求めてる。
縋るように彼を見上げてみるけれど、彼は冷めた瞳で見返すだけで応えてはくれない。
埋めたままの指を小刻みに動かし始めて、朦朧としていた意識は一気に引き戻される。
「あ、やだ、やだ……!」
「何がイヤなんだよ。イキたいんだろ」
「ゆび、やだ、卯月さんのがいいっ」
「………」
「ね、おねがい、卯月さんのでいっぱいにして……っ、奥まで、いっぱい、ずんずんってしてよぉ……っ」
自分が何言ってるかなんて理解する気もない。
お腹の奥がきゅうきゅうして、苦しくて仕方ない。とにかく早く欲しくて、卑猥な言葉で彼を誘う。
こんなにとろとろに蕩けさせておいて、指でイかされ続けただけで放置なんてひどすぎる。
「………くそっ」
卯月さんの手が私の腰を引いて、強引に引き寄せる。勢いよく後ろへと押し倒されて、ぽふっと枕に頭が沈む。反射的に瞳を閉じた。
両膝をグイと持ち上げられ、彼が腰が寄せてくる。
ぱち、と目を見開けば、避妊具の袋を口にくわえた卯月さんの姿があった。
ぴりっと乱暴に歯で破き、手早く準備を済ませる。
憮然とした表情のまま、組み敷いている私を一瞥する。
「……物欲しそうな顔すんな」
苛立ちを隠さない彼の姿に、私はしゅんと大人しくなる。
彼がどうして不機嫌なのか。
私にはさっぱりだった。
だって、こうなる直前まで、私たちは仲良くデートの最中だったんだから。
今まで幾度となく、卯月さんとお出掛けした。
彼はデートのつもりだったらしいけど、私にはそんな認識はなくて、ただの付き添いのつもりで彼に付き合っていた。
それが申し訳なく思っていた事もあるし、卯月さんが好きと自覚してから、恋人らしいことがしたいという欲も、今更だけど、やっと出てきた。
「ちゃんとデートがしたいです」
そう告げた私に、卯月さんも笑いながら頷いた。
初デートは水族館。
恋人らしいお付き合いに縁遠かったから、実のところデート経験がほとんど無い私は、とりあえず定番スポットをチョイスしてみた。
でも正直、不安だった。
魚を展示しているだけの施設をデートスポットに選ぶ、世の恋人達の気持ちが私には全然わからなかったから。そんなところに2人で行って何が楽しいんだろう、ずっと不思議に思っていた。
でも、実際自分がその身になってわかる。
極端な話、場所なんてどこでもいいんだ。
卯月さんはずっと穏やかな表情のまま、私に寄り添ってくれた。
1日中ずっと一緒にいられるのが嬉しくて、それはもう、朝から幸せいっぱいだった。
一緒に食べたランチも美味しかったし、どこへ行っても何を見ても楽しくて。
水族館から出て街をぶらついていた時も、私の頬はゆるゆる緩みっぱなし。卯月さんもずっと笑ってた。
と、そう思っていた。
私達とすれ違う女の人は、みんな卯月さんを見てた。
中には、ほんのりと頬染めしてる女の子の姿まである。
当然だと思った。
背も高くて、顔だって最高に格好よくて、何よりとっても綺麗な人。見惚れてしまうのも仕方ないというもの。
そんな人が私の彼氏。
どうだ格好いいだろ! って、大声で自慢したくなるほど誇らしげな私とは対照的に、段々と卯月さんは寡黙になっていく。
あれ?
どうしたの?
って、私がやっと異変に気づいたときには、既に遅し。
卯月さんの不機嫌具合はフルマックスだった。
何が何だかわからないまま手を引かれて、彼の車に乗り込んだ。
まだ外は明るいのに、もう帰るのかな。なんて、ちょっぴり感傷に浸る私をよそに、卯月さんは口を閉ざしたまま車を走らせる。
辿り着いた先は彼のマンション。
んん? と思っている間にまた手を引かれて、部屋に連行されて、寝室に投げ出されて。
そして今、こんなことになっている。
「……ぁ……っ、や、あっ!」
たっぷりと濡れそぼった入口は、猛った彼自身を難なく受け入れた。
一気に奥まで埋められて、息が詰まる。
卯月さんは深く息を吐いた後、ナカを盛んに責め始めた。
私に対する気遣いなんて何もない。
まるで苛立ちをぶつけるように、彼は激しく奥を突く。
「や、ん! はげし……っ、」
ギシギシと、ベッドが不協和音を奏でる。
気持ちよくて気持ちよくて、なのに、どうしてか全然、気持ちいいとは思えない。
モヤモヤした気持ちのまま、彼に無理やり抱かれるのはイヤだと、心がずっと泣き叫んでる。
快楽に飲み込まれそうな意識を理性と繋ぎ止めて、私は必死に首を振る。
「うづき、さ、ん……っや、まってっ」
「んだよ。これが欲しいんだろ」
必死な訴えは、あっさり払い除けられる。
「そーやって今までの男も誘ってきたのか」
「あっ、だめ、だめ、そこは……っ」
「答えろよ。他の男にも同じこと言ってたんだろ?」
その言葉に、急速に身体の熱が冷えていく。
なんで。
なんで今、男の存在を口にしたの。
私にはもう卯月さんしかいなくて、卯月さんしか見えなくて、卯月さんしか興味がない。
想いがちゃんと通じ合って1ヶ月、今ではもう、卯月さんが大好きで大好きで、どうしようもないくらいに彼に恋焦がれてる。それは、言葉とか態度でちゃんと伝えているつもりだったし、彼に伝わってると思ってた。
私、もしかして疑われてるのかな。
まだ男遊びしてるって思われてるのかな。
今までが今までだったから、疑われても仕方ない。
私がしてきた行いは、他人から見れば理解に欠ける行為だったんだろう。
だから今、こんな事態になってるのかもしれない。私が全部悪い。
だとしても。
やっぱり、信じてほしかった。
「っう……っ」
嗚咽が漏れて、溢れた涙がこめかみを伝う。
ぽた、と枕に染みを作った。
動きを止めた卯月さんは、黙って私を見下ろしている。
「ふ、ぇ……ぅ、う……っ」
ぐずぐずと泣き始めた私に、卯月さんの手が伸びる。
涙の筋を拭って、目尻に残る滴も指先で掬われた。
見上げた先にあった彼は、何だか毒気を抜かれたような情けない顔をしている。
「……泣くなよ」
「う、だって……っ」
「お前に泣かれると弱いんだよ」
ごしごしと、必死に拭ってくれる。
今の卯月さんから邪気は感じなくて、私の心は少しだけ、冷静さを取り戻す。
「わ、たし、浮気してないよ」
「………」
「ほんとだよ。卯月さんしか見えてないよ。他の人にも会ったりしてないよ。信じて」
「……知ってる」
はあ、と重いため息を吐いて、頭を撫でられた。
感情を押し殺したような苦しげな表情が、瞳に映る。
「……浮気とか、そういうのは、何も心配してない」
「……ふえ?」
「奈々は真っ直ぐだから、向かう対象が一人に絞られたら、多分そいつだけしか見ないだろうと思うし」
「……?」
卯月さんが難しいこと言ってる。
頭の弱い私は彼の言葉を理解できないでいた。
よくわからないけど、浮気は疑われていないみたい。
だったら、なんであんなに怒っていたんだろう。
私は何を疑われてるんだろう。
問いかけたくても口を挟める雰囲気でもなくて、私は大人しく、彼の言葉を待つ。
「……水族館、出た後さ」
「……うん」
「すれ違う男は、みんな奈々を見てた」
「……え?」
「腹立った」
「………」
え。それだけ?
「………」
「……なんだよ」
「ふふ」
ぶっきらぼうな声音に笑みが零れる。
卯月さん、妬いたんだ。
妬いてくれたんだ。
そんな可愛い嫉妬を見せられて、愛しさが込み上げてくる。涙も引っ込んじゃった。
「すれ違った女の人は、みんな卯月さんを見てたよ」
「……それで、あんたはどう思ったわけ」
「めちゃ気分よかったです」
「……そこなんだよな、俺と奈々の違いは」
卯月さんの体がゆっくり倒れこんできて、ぎゅうと抱き締められる。
私達、まだ繋がった状態なんだけどな。
私の中にある卯月さんのモノは、ちょっと勢いをなくしてちっちゃくなってる、気がする。
「……ごめん」
弱々しい謝罪の言葉が耳元に落ちた。
本当に反省してるみたい。
「卯月さん」
「……ん」
大きな背中に両手を回してぽんぽんする。
子供をあやすみたいに。
「心配しなくても、わたし卯月さん中毒だから大丈夫だよ」
「………」
「卯月さん?」
「……余裕、あんまねぇんだわ。俺も」
力なく囁かれた呟きに、甘やかな感情が広がっていく。
彼の気持ちが嬉しくてたまらない。恋人として求められることが、こんなに幸せなものだったなんて知らなかった。
あのね、卯月さん。
恋の楽しさを教えてくれたのも。
好きな人に抱かれる悦びも。
独占欲の嬉しさも。
教えてくれたのは全部、卯月さんなんだよ。
そう伝えたかったけど、私の顔を覗きこんできた彼に唇を塞がれて、結局言葉にならなかった。
口付けられたまま、緩やかに身体を揺すられる。
私のナカで徐々に硬度を増すそれと比例するように、燻っていた官能の灯火も再熱する。
「んっ、ん」
「……っ、奈々」
唇を離した彼が、私の乱れた髪を梳く。
露になった耳元に口を寄せて、囁かれるのは愛の言葉。
これ以上ない幸福感に浸りながら、私は彼に身を委ねた。