#16



 しんしんと降る雪の夜。
 イルミネーションに彩られた街の中を、寄り添いながら歩く恋人達の姿がある。
 ひとつのマフラーを2人でくるくる巻き付けて、人目を憚ることもなく、「カップル巻き」の存在感を知らしめている。
 そんな光景が雑誌の一面に載っていた。
 昨今の恋人達は、こういうものが流行りらしい。


「というわけで卯月さん!!!」
「断る」
「どうですか私とマフラー一発」
「断る」
「なんで!」
「んなクソ恥ずいことできるかよ」


 ぽかぽか暖かい部屋の中、マフラーをぐるんぐるんに巻きつけて準備万端だった私に下された判定は、あまりにも無情なものだった。

 一刀両断されて、雑誌と共に崩れ落ちる。
 悲しみにうちひしがれている私に、くまちゃんが慰めるように、前足で腿をぽんぽん撫でてきた。
 その優しさが身に沁みる。


「部屋の中でなら人に見られないのに……」
「部屋の中でマフラー巻く意味がわかんねぇ」
「私とマフラーをシェアしませんか」
「ひとりでやれ」
「一人でやっても意味ないのにいいぃ」


 さめざめと泣くフリを見せても、卯月さんは知らん顔。我が家のソファーでくつろぎながら、床に落ちた雑誌を拾い上げた。
 紙面には【クリスマス特集】と題して、恋人達のイブの過ごし方の記事が載っている。その端っこに、コラム的な扱いでカップル巻きの手順が載っていた。
 そのページをまじまじ眺める卯月さん。


「クリスマスとカップル巻き関係なくね?」


 真顔で正論を突いてくる。
 そうだけど、そうなんだけど、乙女の夢を壊さないでください卯月さん。


「……カップル巻きって、普段は絶対やらないじゃないですか」
「やんねーな」
「普通に恥ずかしいし、周りから白い目で見られるし」
「だろうな」
「でも、女の子はこういうの大好きなんです。こういうイベントに乗じてやりたいんです」
「………」
「だからマフラー一緒に巻、「かない」
「びえええぇぇん」


 わざとらしく嘘泣き。
 切なる想いが通じない。
 一方通行。
 わかってます、こういう馴れ合い事に、卯月さんが積極的じゃないことは。

 世間や流行りに踊らされているのはわかってる。
 卯月さんの言い分ももっともだ。部屋の中は暖房が効いてるし、人目がないからいくらでもくっつけるわけで、わざわざマフラーを活用する意味なんてない。巻いただけで暑いだけ。
 わかってるんだ。意味なんて『ない』。
 でも、意味があるとかないとか、そういうのは関係なくて。

 他の人とは絶対にやらない戯れ事を、好きな人とだけしたい。特別なことを、特別な人と共有したいっていうのは、勝手な価値観の押し付けになるのかな。私のエゴなのかな。
 今まで無節操に夜遊びばかりしていて、こういう事に疎かった私には、恋人達のすること成すこと全部、眩しく見える。カップル巻きも、そのうちのひとつ。
 そりゃ、私だって恥ずかしいよ、こんなの。
 人前でやる勇気もない。
 でも、憧れていないわけじゃない。

 雑誌の一面には、彼女の首もとにマフラーを巻き巻きしてる、男の人の姿が載っている。照れ臭そうにはにかんで、女の人は顔が緩みきっていて、完全に2人の世界を作り上げて幸せの絶頂に浸っている。
 雑誌のモデルさんなのだから、それは撮影用のために作った笑顔だってわかってるのに、こんな表情を見せられたら、「やってみたい」という欲が生まれてしまった。

 ……でも、男の人は興味ないのかな。
 迷惑でしかないのかもしれない。
 断られるだろうなって、大体予想できていたけれど。


「……わかった……諦めます……」


 しゅん、としたままマフラーを握りしめて、傍らにいるくまちゃんにくるくる巻く。「クゥン……?」と愛らしい鳴き声を上げて、まん丸なお目めを私に向けた。


「くまちゃん、私とカップル巻きしようね」
「おい、くまを窒息死させる気か」


 いびつな巻き方になりつつあるマフラーを、卯月さんの手がしゅるりと解いた。そのまま両手で握ったまま、「ん。」と顎でソファーをしゃくる。

 彼の隣の空いたスペース
 座れ、という意味らしい。


「え?」
「今回だけだからな」


 そう言いながら、卯月さんはラフな感じで。
 ふ、と緩く微笑んだ。


 …………っ!!


「卯月さああぁん!!!すき!!!」
「早く座れ」
「かしこまり!!!」


 歓喜のあまり、勢いよく卯月さんに抱きつこうとしたら避けられた。仕方ないので彼の隣にびょんっ! と華麗に飛び移る。
 なんだかんだ言いながら、卯月さんはいつも私のしたい事を優先してくれて、叶えてくれる。
 今回もそう。
 すっかり機嫌を取り戻した私は、ニコニコしながら彼からのアクションを待つことにした。








「……あの、」
「ん?」
「卯月さん、聞いてもいい?」
「なんだよ」
「これは、一体何事ですか」


 卯月さんとカップル巻き姿を妄想していた私は、今。
 ソファーに押し倒され、両手をマフラーで縛られている状態だった。


「私の知ってるマフラー巻きと違う!!」
「俺が知ってるのはこれだけど」
「絶対ちがう!!」
「イヤなのかよ」
「いいえ!!!!!!!」


 全力で好きなやつです!!!(興奮)


「拘束プレイですか! 滾るね!!」
「お前ほんと面白いな」


 別の意味で喜ぶ私に、卯月さんが失笑してる。
 これはこれでアリかもしれない。
 ただ、今やりたいのはカップル巻きであって拘束プレイではないのだ。


「でもくまちゃんが見てるからエロいことは無理ですよ! 残念でした!」
「くま。向こうに行ってろ」
「わうっ」


 卯月さんの命令に素直に従うくまちゃん。
 タッ、と軽い足音がリビングへと駆けていく。


「…………。」


 ………え、

 えっ、

 くまちゃんんんんんんっ!?(涙)


「なんで飼い主の危機より卯月さんの命令聞いちゃうの!?」
「くまも理解してんだろ。俺の方が奈々より主従関係が上だって」
「えええ納得いかないいぃ」
「もう黙れ」
「んっ……!」


 俺様気質な卯月さんは、こういう時ばかりは自分優先。私の意思なんてお構いなしに、唇を塞いで貪る。
 そのまま口内を犯されて、肌を滑る指先に焦らされて、抵抗する気力もなくなってしまった私は、卯月さんの勝手を受け入れるしかなくて。
 とろとろに蕩かされた後にマフラーを解放されたら、手首がピリピリ痛くて泣いたというのは、また別の話。


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綺麗なあの人に抱かれたい!|後日談16話
転載先:ムーンライトノベルズ
柚木結衣 ( HP / 拍手 )



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